2008年12月10日

ハンガリー国立フィル管弦楽団デビュー!

2009年11月12日 ハンガリー国立フィル管弦楽団デビュー! 大興奮でブダペストの観客に迎えられた模様は、 後日、掲載いたします。
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2008年12月05日

サンクトペテルブルグ・フィル定期公演に エキサイティングなデビュー!

小松一彦 サンクトペテルブルグ・フィル定期公演に エキサイティングなデビュー!
熱演・名演に、オーケストラから即座に2005/2006シーズンも出演要請される!
2004年1月25日 サンクトペテルブルグのフィルハーモニーホールにて。
 

ここ10年の間にロシア音楽を深く研究し、また本場のサンクトペテルブルグ交響楽団(アレクサンドル・ドミトリエフ音楽監督)、マリインスキー歌劇場フィルを指揮し、現地で大変高い評価を得てきた小松一彦は、先の1月25日に、巨匠エフゲニー・ムラヴィンスキーが50年にわたり不動の名声を築き、現在はユーリー・テミルカーノフが芸術監督を務める世界の名門 サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団に鮮烈なデビューを飾りました。帰国してまもない小松一彦に話を聞きました。
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写真: サンクトペテルブルグの音楽の殿堂フィルハーモニー大ホール入り口。 公演ポスターの前にて

Q:デビュー公演のご成功おめでとうございます。今までにもサンクトペテルブルグの2つのオーケストラを指揮していらっしゃいますが、今回初めて共演されたサンクトペテルブルグ・フィルの特性をどうお感じになられましたか?

小松:このオーケストラは、ロシア的な力強さは勿論のこと、透明感のある繊細さが特徴です。特に弦楽器の弱音の美しさと緊張感は世界的にみてもナンバーワンのレベルでしょう。またプーシキンが「ヨーロッパへの窓」とサンクトペテルブルグの街を称したように、この都市自体がもっているヨーロッパ的な雰囲気そのものの要素も根底となっていると思います。その上にロシア的な力強さと繊細さがハイ・レベルであり、そうした個性がはっきりしている素晴らしいオーケストラです。

Q:演奏の成功はどういうところにあったと思われますか?

小松:いままで、10年にわたってロシアのオーケストラとの演奏を積み重ねてきて、ロシア・スラヴ的音楽の特性を自分なりに体感し、体得してきましたことが大きいと思います。 とても嬉しかったのは、初日の練習が終わった時にすぐさまコンサート・マスターのレフ・クルチコフに、「あなたの指揮での演奏はコンフォータブル(心地良い)だと皆言っている」と言われたことです。その言葉にホッとして、とても自信となりました。 ロシアのオーケストラが持っている特有の音楽性を把握した上で、自分の解釈をのせたことが、オーケストラとの呼吸がしっくりいった原因だと思います。

Q:ロシアの特性で体得されたこととはどのようなものですか?

小松:それはまずおなかの底から、図太い音を出す音楽性ということですね。一般的に日本人には欠けている要素でしょう。日本人はこぎれいに演奏しますが、音より魂が前に出てくるということは少なく、物足りなさを感じることがあります。 またロシアのオーケストラと演奏する上で重要なポイントは、メランコリックなメロディーを充分に歌い、心をこめて演奏するということですね。余談ですが、オーボエとフルートのトップ奏者はエフゲニー・スヴェトラーノフが音楽監督だったロシア国立交響楽団の元団員でした。そのフルート奏者が、演奏後に楽屋にやってきまして、私の音楽作りと指揮振りがスヴェトラーノフさんによく似ているといわれました。

Q:プログラムはグラズノフの交響詩「ステンカラージン」とシューマンのピアノ協奏曲、そしてメインにシベリウスの交響曲第2番を据えられました。

小松:実は、サンクトペテルブルグ・フィルのデビュー公演にあたっては、ベルリオーズの「幻想交響曲」を演奏したかったのです。ベルリオーズはサンクトペテルブルグとはとても密接な深い関係をもっています。彼は当時、故郷のパリでは才能を認められていなかったのですが、彼の書いた「管弦楽法」という本がロシア国民楽派に影響を与えており、晩年にサンクトペテルブルクに招聘されているんですね。体調も思わしくなかったのですが、自分にとって最後の栄光の日となるとの思いで冬のロシアを訪れた、というエピソードもあるので、「幻想」を演奏したかったのです。 しかしオーケストラの定期公演プログラムの兼ね合いで希望通りに行かず、オーケストラ側からシベリウスの交響曲第2番を提案されました。自分としても得意のレパートリーですし、最終楽章のクライマックスは、真冬の国において、熱い演奏をして盛り上がるという、北国の人々の音楽の楽しみかたの典型となりますので、喜んで引き受けました。 そしてメインの曲が本場のロシアものでなくなったので、冒頭の曲には、その国に対する敬意を心から表するということと、好感度アップもちょっと狙って、お国もののグラズノフの交響詩「ステンカラージン」を私から提案しました。その提案にとてもオーケストラが喜んでくれました。また楽員代表でチェロ首席奏者のチェルニャージェフによれば、この曲はサンクトペテルブルグ・フィルでは50年以上演奏していないとのこと! 現メンバーでは演奏した者がいないということがわかり、好感度アップもさることながら、これでオーケストラより、やや優位に立つことができましたね。(笑)  また、付随した面白い現象として、あまり演奏されない曲だったために、公演休憩中に販売パンフレットが売りきれてしまったそうです。 しかもグラズノフとシベリウスは同年生まれの友人同士ですし、奇しくもプログラミングは成功したといえますね。

Q:現地の音楽通の方に「オケがあんなに楽しそうに演奏しているのを見たのは久しぶり」との言葉があったそうですね。

小松:ええ。「コンサート終演後には、楽屋にコンサートマスターを始め、各トップ奏者が入れ替わりたちかわり挨拶に来たのをみたのははじめて」とも言われて嬉しいです。そしてオーケストラの副総裁が現れ、「2004/05シーズンはブッキングが終わってしまっているが、2005/06のシーズンは又あなたをお招きいたします!」と即座に提案されました。それから以前に指揮をしたことがある、サンクトペテルブルグ交響楽団の音楽監督アレクサンドル・ドミトリエフ氏も尋ねてくださり、再び彼のオーケストラを指揮してほしいとの要請もありました。
 
Q:成功を物語る何よりのエピソードですね。デビュー公演のご成功、おめでとうございました。


日時:2004年1月25日(日)
会場:
フィルハーモニーホール(ロシア・サンクトペテルブルグ)
指揮:小松一彦
管弦楽:サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団
ピアノ:イリーナ・チューコフスカヤ
プログラム:グラズノフ:交響詩「ステンカラージン」7.jpg
       シューマン:ピアノ協奏曲イ短調作品54
       シベリウス:交響曲第2番ニ長調 作品43

定期公演のリーフレット と売りきれとなったパンフレット⇒


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美しい白亜のホールでリハーサル

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シューマンを共演したイリーナ・チューコフスカヤ

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左から小松、副総裁、クルチコフ(コンサートマスター)、
コントラバスの首席奏者

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終演後楽屋に駆け付けた奏者や首脳陣


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楽員代表のチェロ首席奏者チェルニャージェフ 
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